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介護×日本文化、世界へ。

海外介護教育の現場において、一つのアイテムがゲームチェンジャーになることがあります。今回、私が注目しているのは綿菓子機です。

先日、日本に帰国し、認知症紙芝居養成講座を開催しました。この講座は、海外で実践している認知症紙芝居を英語で伝えるものです。

「紙芝居を使えば、日本人も世界に出て日本の介護を伝えられる」

そのメッセージを広めています。

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さて、講座の参加者から「昔は紙芝居屋さんと一緒に、綿あめ屋さんも来ていた」という話を聞き、ヒントを得ました。

日本の介護を世界に届けるには、日本の文化と共に伝えることが効果的です。認知症をただ説明するのではなく、紙芝居というメディアを使うことで、海外での関心が格段に高まりました。そして、紙芝居と駄菓子はセットです。

以前、認知症紙芝居のイベントで、フィリピン人の参加者に水あめとミルクせんべいを渡してみました。盛り上がりを期待していましたが、水あめづくりには苦戦する人が続出し、全然ウケませんでした。

しかも、ミルクせんべいは輸送中に粉々になりやすく、扱いに難があります。日本らしいお菓子を探していたところ、綿菓子が面白いと気づきました。

残念ながら、綿菓子そのものは日本発祥ではありませんが、日本の祭り文化と深く結びついており、原宿ではレインボー綿菓子が生まれるなど、独自の進化を遂げています。

カレーやラーメン、天ぷらも、もともとは海外から伝わった文化や料理を日本人が独自に発展させ、日本文化の一部として根付かせてきました。

そう考えると、「日本発祥かどうか」にこだわる必要はないと思うようになりました。

認知症紙芝居のイベントで綿菓子を提供すれば、場は間違いなく盛り上がるでしょう。

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フィリピンの介護施設にて

海外で介護教育を続けてきて気づいたことがあります。それは、エンターテインメントの要素を加えた方が、受講生は積極的に学ぶということです。

知識を伝えるだけでなく、楽しい体験を通して学ぶ。そこに日本文化をスパイスとして加えるのがポイントです。つまり、

「介護を日本文化に包んで海外に届ける」、です。

このコンセプトのもと、私はこれまで帰国のたびに、厳選したアイテムを持ち帰ってきました。紙芝居台、船盛、そして今回の帰国では第三弾として、綿あめ機を購入する予定です。

たとえば、高齢者施設のイベントでは、お年寄りが綿あめを作り、参加した子どもたちに手渡す場面も生まれるかもしれません。

そうすれば、認知症への学びを世代を超えて伝えることができるのではないかと考えています。

海外で何が受けるかは、やってみなければ分かりません。「介護を日本文化に包んで世界に届ける」という戦略のもと、これからも実験を続けていきます。

介護教育の先にあるもの——魂の成長という視点

インドからのメッセージ

LinkedInに、インドの送り出し機関の代表からメッセージが届きました。

「あなたが自分の経験を意味あるものへと変えていること、そこに心を引かれました。困難な経験をする人は多くいますが、そこから本当に学び、価値あるものを築ける人はごくわずかです」

会ったこともないインドの方が、なぜ私の物の捉え方に興味を持ってくれたのでしょう。

おそらくその答えは、私が介護を単なる仕事や技術としてではなく、魂の成長の営みとして捉えているからだと思います。

介護を学ぶ目的は、段階的に変わっていく

外国人ケアワーカーにとって、介護はまず「海外就労のための手段」です。日本で働きたい、家族を養いたい、より良い生活を手に入れたい。

日本に入国すると、その目的は少しずつ変化していきます。国家資格の取得、長期雇用、キャリア形成を通じて、日本での生活を安定させるための手段へと変わっていく。

しかし、介護の仕事を続けていると、就労やキャリアだけでは語れない学びに出会うことがあります。

  • 誰かの最期に立ち会ったとき。

  • 自分では動けなくなった人の尊厳を守ろうとする、家族の深い愛情に触れたとき。

  • 認知症で言葉を失った人と、心が通じ合ったとき。

そうした経験の積み重ねは、私たちの人生観そのものを変える力を持っています。

介護は、与えるだけの行為ではない

介護とは、ケアする側が一方的に与える行為ではありません。ケアされる人からも、多くのことを受け取る相互の営みです。

そのことに気づいたとき、介護の見え方は大きく変わります。

私が「介護職人」と呼ぶ人たちは、例外なくその境地にいます。日本の介護の素晴らしさは、全国各地にそうした介護職人がいて、日々黙々と現場を支えていることだと思っています。

語る人の視座が、言葉の重みを変える

もちろん、人の成長には段階があります。まずは就労のために学び、次に定着のために努力する。その積み重ねが大切です。

それでも私は、介護を語るときの視点を大切にしています。同じ内容を教えるとしても、語る人の視座によって、言葉の重みは変わるからです。

今は理解できなくても、介護職として経験を積んだ後に、ふと昔聞いた言葉を思い出すことがある。私はそんな小さな種を、受講生たちの心に残したいと思っています。

就労・定着という目的だけだと、教える側が教わる側を引っ張るイメージになります。しかし、魂の成長という視点から介護を捉えたとき、教える側も教わる側も対等な立場にいることが分かります。

私はよく、生徒から「先生もがんばって、応援しています」と言われます。生徒から応援されるのは奇異に思われるかもしれません。しかしそれは、私自身も介護の仕事を通して、自分にチャレンジしていることを感じ取ってもらったからだと思っています。

入国前の介護教育は、みなやる気にみなぎっており、言葉が届きやすい土壌があります。介護を学びたい人に介護を教えられる喜びを、私自身も味わっています。

仕事が始まれば、現場の葛藤や人間関係、身体的な疲労など、さまざまなネガティブなことがあるでしょう。

しかしその先に、魂の成長がある。

あとから開く小包のように、そのことを彼女たちの心に届けたいと思っています。

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「相手を知る」が、料理も介護も変える。

誕生日の前日は、一年のうちで一番忙しい日です。

フィリピンでは、誕生日を迎えた人が食事を振舞う風習があります。
ワンルームの小さなキッチンで40人分の食事を用意するのは、そう簡単なことではありません。

■ AIに何度も聞いた、「本当に味噌汁は必要か?」

去年はクリームシチューを作ったのですが、フィリピン人の同僚からはイマイチの反応でした。
そこで今回は、去年の汚名を挽回しようとAIと綿密な打ち合わせをして献立を決めることにしました。

テーマは「日本の家庭料理ランチ」。

メニューはスパイシーチキンカレー、ポテトサラダ&豆腐サラダ、そしてあさりの味噌汁に決まりました。

カレーに味噌汁という組み合わせは、日本人には違和感があります。
私はAIに何度も確認しました。
「本当に味噌汁が必要か」と。

しかしAIの答えは明確でした。
「日本らしさを出すためには、味噌汁があった方が望ましい」。
具はあさりと小葱というシンプルな構成にしました。

カレーの材料選びでも、AIに何度か止められました。
キノコ類をたっぷり入れようとしたら却下。
フィリピンらしい工夫としてココナッツミルクを提案したら、「日本の家庭料理というコンセプトがブレる」と忠告されました。

言われてみれば、まったくその通りです。

原点に立ち返り、代わりに海藻と豆腐のヘルシーサラダを提案したところ、今度はAIからお墨付きをもらいました。
去年好評だったポテトサラダは今年も継続。
こうして献立が完成しました。

■ ヘルパー時代に学んだ「家庭の主婦の偉大さ」

狭いキッチンで料理をしていると、訪問介護ヘルパー時代を思い出します。

私は料理と指圧のスキルで、スーパーヘルパーの地位まで上り詰めました。
といっても、料理が特別上手なわけではありません。

ヘルパーに求められるのは、料亭のような高級料理ではなく、冷蔵庫にある材料で時間内にささっと作る、家庭の主婦的な手際の良さです。

料理をしながら、掃除・洗濯・後片付けも時間内に終わらせなければなりません。
ヘルパーをしていて、つくづく家庭の主婦は偉大だと実感しました。

衣食住を毎日きちんと整えることは、地味だけれど、本当に大切な仕事です。

■ 意外な一番人気は、一番手間のかからなかった味噌汁

さて、AIの助言通りに作った献立でランチパーティーを開催しました。
2か所のオフィスで同時開催です。

10年前はサラダなどの生野菜はほとんど好まれなかったのですが、フィリピンもずいぶんヘルシー志向になっています。
糖質を抑えるため、ライスなしでカレーだけ食べる人もいました。
時代の変化を感じます。

そして、今回のメニューで一番人気を聞いてみると、意外にも味噌汁を挙げる人が多かったのです。

一番手間がかからない料理が、最も人気だった。

人類の集合知を持つAIの判断に、思わず畏怖しました。

■ 「相手を知ること」から、介護も始まる

自分が作りたい料理を作るのではなく、相手が食べたい料理を作る。

文化や生活環境が異なる場合、相手が求めているものが見えにくく、自分の価値観に偏りがちになります。

しかしそれは、誕生日のランチだけの話ではありません。
外国人介護人材の育成も、異文化理解も、本質は同じだと私は考えています。

相手の文化や価値観を丁寧に理解した上でプログラムを設計する。
AIはその思考を助ける強力なツールになりえます。

「相手を知ること」から、すべては始まります。

この本質は、介護にも通底します。

「介護寿司職人」、フィリピンに現る。

——日本文化でKaigoを包んで、世界に届ける現場から

日本の介護を世界に届けるには、介護だけを教えても届きません。
私は、日本文化にKaigoを包んで届けることを戦略にしています。
その象徴として選んだのが、「寿司」でした。

外国人が思い浮かべる日本の象徴のひとつが、寿司。
であるならば、寿司を使わない手はありません。

まずは現場で巻く。考えるのはその後。

介護と寿司をどのように結びつけるかは曖昧なまま、とりあえず介護現場に出て寿司を作ってきました。
頭より先に身体を動かして、現場で考える。それが私のやり方です。

さすがに5〜6回もやると、おおよその流れが見えてきました。

皆、寿司づくりには興味があるようです。
全員がひと巻きずつ体験することで満足感が得られます。

ロール寿司で一番難しいのは切る作業です。
この部分だけ熟練した人が行えば、他の工程は誰がやっても修正できます。
これまで施設のご高齢者や障害を抱える方も参加しましたが、皆さん楽しく寿司づくりをされていました。

満足度を10%上げた、昭和50年代の舟盛り

3回目以降、舟盛りを導入しました。

フィリピンの介護施設には美しい盛り皿がなく、出来上がりを収めるフォトタイムの盛り上がりがイマイチだったのです。

そこでメルカリで、昭和50年代にかっぱ橋で購入されたという年季の入った木製舟盛りを手に入れました。

案の定、舟盛りの登場で完成後のフォトタイムが一気に盛り上がり、参加者の満足度が10%は上昇したはずです。
さらに日本の介護仲間から2隻寄贈いただき、現在3隻の舟盛りがわが家に停泊しています。

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寿司は、認知症予防の教材になる

介護施設で寿司クッキングが盛り上がることは分かりました。
あとは、介護教育とどう結びつけるかです。

前回は、認知症予防のレクチャーと組み合わせました。

認知症予防につながる活動のひとつとして、料理があります。
皆で料理を作り、五感を刺激する。
さらに、作った後にその工程をみんなで思い出すことで、認知症予防につながる活動として活用できます。

全員に寿司ロールをひと巻き体験してもらい、その後のレクチャーで工程を思い出すゲームをしたところ、思いのほか盛り上がりました。

寿司クッキングをただ楽しいイベントで終わらせるのではなく、認知症予防と組み合わせることで、学びの時間に昇華できたのです。

二人羽織で、「介助される人」の気持ちを学ぶ

それだけにとどまらず、作った寿司を使って二人羽織も行いました。

日本の伝統ゲームの紹介と共に、食事介助を受ける人の気持ちを理解するという、日本文化を活かした介護教育です。

最後に、舟盛りにのった寿司をみんなで食べる。
介護、認知症予防、二人羽織、そして寿司。
イベント盛りだくさんの大漁です。

半日で完結する「日本の介護を世界に届けるサービス」

大体3〜4時間、半日コースとして、介護と寿司を組み合わせた「日本の介護を世界に届けるサービス」がきれいにまとまりました。

引き続き、介護×寿司イベントの実践を重ね、精度を高めていきます。

そして、フィリピンだけでなく他国からも、「介護寿司職人」としてお呼びがかかるよう、これからも現場で技を磨きます。

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介護合宿が問うこと——「どの山を目指すか」が、その人の介護を決める

どの山を目指すか

人は「どの山を目指すか」で、その後の道筋の大方は決まる。

出国という節目を迎えた外国人ケアワーカーたちに、改めてそう問いかけたくて、この介護合宿を企画しました。

参加者はオンラインクラスの受講生たち。いよいよ出国というタイミングで開催した、最後の仕上げです。

オンラインから合宿へとつなげることの強みは、すでに関係性ができていること。私が介護に対してどのような世界観を持っているか、ある程度は伝わっている状態です。

その世界観を、今度は「身体性を通して学ぶ」のが、この合宿の真髄でした。

「普通の介護研修」とは、ほど遠いプログラム

今回のプログラムは、通常の介護研修のイメージから大きく外れたものでした。

  • ローカルの大衆食堂でランチをした後、超高級ホテルのラウンジでお茶をする

  • 高齢者施設での実習では、介護をせず、みんなで寿司を作る

  • 一流の「触れ方(手当て)」とは何かを、プロの鍼灸指圧師の先生から学ぶ

なぜ、こんなプログラムなのか。

介護とは日常生活支援であり、人の日常は多様です。自分の常識の範囲だけで介護を提供すると、受け手にとって窮屈な生活になります。だからこそ、相手の立場に立って考える「思考の癖」を身体で覚えてほしかった。

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鍼灸指圧師の先生と受講生たち

介護は、ある意味で一流ホテルより難しい

介護もまた、接客業です。

大衆食堂のおばちゃんのような気さくな接客もあれば、一流ホテルのような洗練された接客もある。しかしそれは、実際に自分が体験してみなければ、想像力は働きません。

介護は、一流ホテルよりも難しい場面があります。なぜなら、顧客との距離が圧倒的に近いからです。

特に認知症のある方は、その日の状態によって求める距離感が変わります。気さくさを求めているときもあれば、丁寧で洗練された関わりを求めているときもある。その「機微」をすっと察知できるようになったとき、その人は指名されるケアワーカーになるでしょう。

介護福祉士は、ゴールではなく通過点

多くの外国人ケアワーカーにとって、日本で働くこと自体がゴールです。そこへ辿り着くまでの道のりだけでも、完結したドラマがある。

しかし、人生の新しい章を迎えるにあたり、次のゴールを描いてほしいと思っています。

介護先進国・日本を選んで働くのだから、ぜひ介護のプロフェッショナルを目指してほしい。介護福祉士はただの通過点です。その先で、自分の興味・関心と「介護」を掛け合わせながら、自分だけの新しい道を切り開いていってほしい。

そんな願いを込めて、彼女たちを送り出しました。