海外介護

歴史を伝える価値@ケアワーカー送り出し国からのレポート

■言葉の定義を合わせる

外国人ケアワーカーの教育において、私が必ず取り入れるべきだと考えている科目の一つが、日本の介護の歴史です。

その理由は、「介護」という言葉の定義を合わせることにあります。

多くの人材送り出し国において、「介護」は家族介護の延長線上にあります。お年寄りを助けたい、役に立ちたいという感情が動機となり、介護が行われることも少なくありません。

思いやりや共感は介護において非常に大切な資質であり、その点において外国人ケアワーカーが高く評価されることもあります。

しかし、人の感情は常に一定ではありません。感情によってケアの質が左右されてしまうのであれば、それはプロの仕事とは言えません。

一方、日本の「介護」は、日常生活を支える専門職として社会の中で位置づけられてきました。知識や技術、そして理念に支えられた仕事として認識されています。

この違いを理解してもらうために、日本の介護の歴史を共有することが最も有効であるというのが、私の現時点での結論です。

■身体知と言語知

専門職としての「日本の介護」を伝えるため、現場で活躍する介護職人の動画を見せたことがあります。しかし、うまく伝わりませんでした。

なぜなら、介護職人の知恵の多くは、経験の中で身についた「身体知」だからです。これを言葉による知識、つまり言語知に置き換えることは容易ではありません。

動画では目に見える技術に注目が集まり、その背景にある理念や思想までは伝わりにくいという課題がありました。

試行錯誤の末にたどり着いたのが、「歴史の共有」でした。

■歴史は物語

日本の介護の歴史は、1963年に制定された老人福祉法までさかのぼります。当時の日本には介護保険制度も国家資格もなく、家族が中心となって高齢者を支えていました。

その後、高齢化の進展とともに制度や資格が整備され、介護は家族だけが担うものから社会全体で支えるものへと変化していきます。さらに認知症ケアや介護予防の考え方が発展し、現在の日本の介護へとつながっています。

出発点を家族介護の時代までさかのぼることで、外国人ケアワーカーもすんなりと理解できます。重要なのは年号や知識を覚えることではなく、歴史の重みを通して「介護」という言葉の定義を共有することです。

歴史は言語知です。そして、それを物語として共有することで、理念や専門職としてのプロ意識が、自然と伝わるようになりました。

■介護の視座を高める

家族介護の延長線上で介護を捉えたまま来日した場合、最初は意欲的に働いていても、やがて日々の業務が単調に感じられることがあります。

日常生活支援を中心とする仕事では、外国人ケアワーカーの成長に合わせて業務内容を大きく変えていくことは困難です。在留資格の制約もあります。

だからこそ、入国前の段階で、介護という仕事をどのような視点で捉えるのか、その視座を高めておくことが重要だと考えています。

■うんこ拾い

私自身、アメリカで在宅介護、寿司職人、マッサージ師の三つの仕事を掛け持ちしていた時期がありました。

当時、マッサージサロンの経営者から「そんなうんこ拾いのような仕事をして何が楽しいの」と言われたことがあります。

介護の専門性を知らない他業界の人から見れば、そのように見えるのも無理はありません。逆に、私にはない視点からの言葉として、「うんこ拾い」という表現に思わず笑ってしまったことを覚えています。

自分が介護を受ける立場になったとき、初めて気づくのです。

その「うんこ拾い」と呼ばれていた行為の中に、安全を守る技術、尊厳を支える配慮、そして生活を支える専門性が含まれているということに。

■解釈が変わると、日常が変わる

現在、私は外国人ケアワーカーを対象とした入国前介護研修を行っており、そのカリキュラムの一環として日本の介護の歴史を伝えています。

今週は二つの社会福祉法人において、それぞれ別のクラスで歴史教育を実践しました。その結果、受講生からは介護に対する捉え方が変わり、介護を専門職として理解するようになったというフィードバックが得られました。

外国人ケアワーカー教育において、「介護とは何か」という定義を共有することは不可欠です。その意味において、日本の介護の歴史教育は重要です。

自分の仕事を単なる「作業」として捉えるのか、それとも日常生活を支える「専門職の仕事」として捉えるのかによって、来日後のモチベーションも、パフォーマンスも大きく異なるでしょう。

日本には、他国にはない長い介護の歴史があります。その積み重ねの中で育まれてきた価値を、これからも一人でも多くの外国人ケアワーカーに伝えていきたいと思います。

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