海外介護

太ってはいけない理由——介護講師とボクシングの話

私は週3回ボクシングジムに通っています。月12回通えるチケットを先に購入するのですが、1か月経つと失効してしまうので、「行かないともったいない」という気持ちも手伝って、半ば強制的に通っています。

ジムに通っていることを免罪符にして炭水化物を取り過ぎた結果、太りました。加齢とともに新陳代謝も衰えたのでしょう。食生活と運動習慣の見直しを迫られました。

私には、太ってはいけない理由があります。

◆介護講師が体型を整えるべき理由

外国人ケアワーカーの教育にあたって、説得力が失われるからです。

介護は、日常生活支援の専門職です。人様の日常生活をサポートするのが仕事です。そのサポートする側の日常生活が乱れていたら、やはり問題でしょう。

そして、その人の日常生活の様子をダイレクトに映し出すのが、身体の状態です。自分の身体を整えられていなければ、良いケアはできません。

介護は、肉体労働でもあります。

どんなに崇高な理念や豊富な知識があっても、現場で身体が動かなければ役に立ちません。

海外から働きに来る介護労働者であれば、なおさら体のコンディションを整えておくことが大切です。ある意味では、日本語力よりも、介護技術よりも、自分のコンディションを整える力の方が重要だとさえ言えます。

◆アウェーで働くために必要な「自己管理の力」

アウェーの環境での介護の仕事は、体力も気力も消耗が激しいものです。私も自分で経験したからよくわかります。

20代ならまだしも、30代後半から40代にかけて海外に出るのであれば、なおさら自らの身体と真剣に向き合う必要があります。

私は介護という職業柄、人生経験を積んだ30代後半から40代の女性を、候補者として強く推しています。彼女たちの新しいキャリア形成としても、日本での介護の仕事はとても良いと思うからです。

ただし、加齢とともに身体は確実に変化していきます。だからこそ、彼女たちには、日本で活躍するために、自己管理の術を身につけるようアドバイスをしています。

◆ボクシングと介護がつながった

私は痩せたり太ったりを繰り返してきたので、体型や体調の整え方はある程度は心得ています。20代の頃から続けてきたボクシングも、今になって別の価値をもたらしてくれました。

コンディションを整える手法としての価値です。

ボクシングを始めたきっかけは、海外で生きていくための護身術を身につけることでした。

それが、海外で暮らすようになってからは人から舐められないため、そして40代後半になってからはコンディションを整えるためと、その役割は少しずつ変化してきました。

今の目標は、4Rのミット打ちを続けられるくらいの体力に戻すことです。

じつは先月まで、私は2Rでヘロヘロになっていました。歳のせいだから仕方がない、とあきらめかけていました。ところが、食生活と運動習慣を見直したところ、3Rまで体力が持つようになりました。

そこで、気づいたのです。

中年のボクシングは、技術や根性ではなく、日常生活を整えることが何よりも大切だと。ボクシングと介護がつながりました。

外国人ケアワーカーの良いお手本になるためにも、戦うためのボクシングではなく、日常生活を整えるためのボクシングを、これからも続けていきます。

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「おかあちゃん」と泣いたおばあさん——想像力という介護の力

学生時代、老人ホームで介護のアルバイトをしていた時のことです。

食堂で、いつもはおとなしいおばあさんが、突然「おかあちゃーん」と大声で泣き始めました。茶碗を手に持ったまま、席に座って、わんわんと泣いたのです。

驚いた以上に衝撃だったのは、90代のそのおばあさんが、泣き叫びながら、強く母親を求めていたことです。

おばあさんが、母親を求める。

それがどういうことなのか、20代の私にはうまくのみ込めませんでした。子や孫から頼られる存在のはずのおばあさんが、自分の親を、しかも、もうこの世にいない母を求めていたのです。

彼女は認知症をもっていました。

なんらかのきっかけで、意識がふっと幼い頃へタイムスリップしたのでしょう。90代のおばあさんが、まるで母を探す小さな女の子のようでした。

あの頃の私には、おばあさんの内側で何が起きているのかを、全く想像できませんでした。

◆認知症の人の「内側」を描いた朗読劇

先日、介護クラスで認知症をテーマにした朗読劇を行いました。

使用した台本は、認知症のお母さんが娘へ贈るメッセージを描いた絵本『ありがとうをつたえたくて』です。それを英訳し、朗読劇用にアレンジしました。

私はずっと、認知症の人自身が世界をどう見ているのかを学べる教材を探していました。医療従事者や家族から見た姿ではなく、その人の内側がわかるものです。この作品には、まさにそれがありました。

配役は、ナレーター、認知症のお母さん、娘さん、そして、お母さんの「内側の声」。表には出てこない本当の気持ちを台詞にした役です。

劇の中に、こんな場面があります。

お母さんが引き出しを何度も開け閉めしながら、「ない……ない……どこ?」と探しはじめる。娘には、その行動がただ不思議に映ります。でも、内側の声はこう語るのです。

私が探していたのはね、自転車じゃないの。 お父さん。 お父さんが使っていた自転車置き場を通るとね、そこにいるような気がしてね。 もういないことはわかっていたの。でも、いるような気がしてね。

不可解な行動の奥に、亡き夫を探す妻の想いがある。表からは絶対に見えないその内側を、この劇は聞かせてくれます。

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◆先生の涙が、若い生徒たちに伝えたもの

今回、娘役を50代のフィリピン人の先生にお願いしました。台詞はなく、ただ舞台にいてくれるだけの役です。

ところが、その先生が劇の途中から涙し、その涙につられて、若い生徒たちも泣き始めたのです。

劇の後、先生が感想を話してくれました。

親を介護し、看取り、子も孫もいる。娘、母、祖母――人生で三役を演じてきた彼女の物語が、劇と重なって涙があふれたのだと語ってくれました。

正直、介護も子育ても経験のない20代の若者に、この物語を本当の意味で理解するのは難しいと思います。かつての私がそうでした。しかし、身近にいる先生の涙に心を揺さぶられ、若い彼らも、この物語の核心に触れられたのだと思います。

◆目の前のおばあさんは、誰かの「お母さん」

介護職にとって、施設で暮らす認知症のおばあさんは、認知症のおばあさんでしかありません。

でも、その目の前のおばあさんは、誰かの大切な「お母さん」。

そして、そのお母さんも、天国の誰かの大切な「娘さん」。

劇の終盤、娘にそっと手をなでられたお母さんの内側の声が、こうつぶやきます。

あなたがやさしくふれてくれると、 なんだかお母さんになでてもらっているようで、 母との時間が戻ってきたようで、幸せを感じています。

娘に触れられて、自分の母を思い出す。

あの日、食堂で母を求めて泣いたおばあさんの内面が、今なら、ほんの少しだけ想像できる気がします。

想像力は、誰かの涙や、こうした物語を通して、少しずつ育てていくものかもしれません。

私は、そんな想像力こそ、介護職にとって大切な力なのではないかと思っています。

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▼外国人介護人材の育成・認知症ケア教育について、無料30分コンサルを実

日本Kaigoツアーを計画中——介護職人の技を、世界へ届ける

テクノロジーではなく、人の技を磨く

去年、フィリピンで開催されたManaging Elderly Care(MEC)に参加しました。アジアの高齢者ケア分野を代表する国際カンファレンスで、医療・介護・行政・企業の専門家が集まり、高齢社会の課題と最新の取り組みを共有する場です。

発表の多くが、テクノロジーと介護を組み合わせた内容でした。

  • VRを活用した高齢者リハビリテーション

  • AIやデジタル技術による認知症支援

  • センサーやIoTを活用した見守り

  • デジタルヘルスや遠隔医療

世界はテクノロジーを活用した高齢者ケアへ向かっている。そのことを肌で感じました。

一方で、私は別のことも考えていました。テクノロジーの分野には、巨大なIT企業や医療機器メーカーが次々と参入しています。そのレッドオーシャンで戦うのではなく、人にしかできない価値を磨く方が、自分らしい戦い方だと思いました。

というよりも、現場上がりの自分には、アナログな技と経験しかなかったからです。

介護職人の技とは何か

日本の介護の魅力は、全国津々浦々に存在する介護職人と、彼らの技だと思います。

プロ意識、細部へのこだわり、相手を深く観察する洞察力。それをひけらかすことなく、淡々と同じ高い水準で行い続ける継続力。それがプロの技です。

私がヘルパーとして働いていた頃、非常に気難しい利用者さんがいました。おむつ交換一つでも気になることがあると、「もう一回やり直して」と言われます。

多くのヘルパーが挫折する中、その方に信頼されていたヘルパーは、文句を言うことなく、利用者さんが何を不快に感じるのかを徹底的に観察し、そのこだわりに合わせて介助を行っていました。

私はその姿を見て、「この人はプロだ」と素直に思いました。

今振り返ると、あの利用者さんは私の先生だったのだと思います。介護職の技術は、利用者さんの「こだわり」を否定するのではなく、それに応えようと努力する中で磨かれていくのだと思います。

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外側から見るからこそ、見えてくるものがある

外側から日本の介護を眺めていると、たくさんの魅力に気づきます。その魅力というのは、日本国内にいるとなかなか見えてこないものもあります。代表格が、介護職人の技です。

日本Kaigoツアーでは、決して表には出てこない介護職人の技の断片を、日本に来て直接感じてもらいたいと思っています。

対象は、海外の介護事業者や介護実践者の方々です。日本の介護施設を訪問し、介護職人と直接交流することで、マニュアルには載っていない「現場の知恵」に触れていただきます。

認知症紙芝居も、ツアーに組み込みます

プログラムの中には、認知症紙芝居も含まれています。

来日前にオンラインでレクチャーを受けていただき、日本では対面で紙芝居の伝え方を学び、自国に持ち帰っていただくというプランです。

紙芝居も、ただ台本を読むだけではありません。相手に伝わるように伝える技術も、一つの「技」です。

自国に戻った後、その技を使って認知症ケアの普及活動を続けていただけることを願っています。

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▼この取り組みにご関心のある方へ

日本とイギリスの認知症ケア団体が、フィリピン人を仲介に繋がった

今回の帰国の目的は、きらめき認知症トレーナー協会(日本)とPurple Angel(イギリス)の調印式に参加することでした。

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その後のイベントでは、講演の機会をいただきました。私がどのような経緯でフィリピンに行き、現地で認知症紙芝居を使って日本の介護を伝えているのか。その原点をお話しました。

講演の準備をしながら、自分の中で「介護と世界」が結びついたきっかけを改めて振り返りました。

20歳のイギリスで、目を丸くした

随分と昔のことで、記憶も薄れかけていました。しかし辿り着いたのは、20歳のときにイギリス旅行で訪れた高齢者グループホームでした。

当時、大学生だった私は特別養護老人ホームでアルバイトをしていました。「せっかくだからイギリスの介護施設も見学してみよう」という、ごく軽い気持ちでの訪問でした。

しかし、そこで受けた印象は今でも鮮明に覚えています。私が知っている高齢者施設とは、雰囲気がまるで違っていました。とても優雅だったのです。

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当時のイメージ図

今であれば、心身の状態や経済的な条件によって施設の形態はさまざまで、単純に優劣を比べられるものではないことは分かります。しかし当時の私にはそんな知識もなく、ただただ目を丸くするばかりでした。

そのとき、介護の広がりと深さを直感的に感じました。

「世界には様々な介護がある。面白い。」

あのイギリスでの原体験が、介護と世界を繋いでくれました。そこから、アメリカ、フィリピンへと続く私のキャリアが始まったのです。

人生最大のファインプレーは、「問い」を見つけたこと

世の中がどんどん便利になり豊かになるにつれ、問題を解決するよりも、「そもそも何が問題なのか」という問い自体を見つけることの方が大切になってきました。

私の人生最大のファインプレーは、20歳のときに「介護と世界はどう繋がるのか」という問いを見つけたことです。

それから25年以上が経った今も、その問いと向き合い続けています。情熱は一向に冷めません。むしろ、介護という仕事の性質上、人生の後半戦の方がいい味が出てくるのではないかとさえ思っています。

日本の介護の強みは、現場にいる「介護職人」だ

今回の調印式とイベントを通じて、多くの介護職人の方々とお会いしました。「介護×○○」という独自の取り組みをされている方も多く、大変勉強になりました。

日本の介護の強みは、道を究めようとする介護職人が、現場にいることだと思います。職人は、頭ではなく、こころで動きます。

日本の介護職人と、彼らが生み出した技を世界に伝えていくにはどうすればいいか。また新しい問いをいただきました。

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世界も着実に高齢化しています。技を持った介護職の需要は、ますます高まっていくでしょう。日本は、介護の分野から世界に貢献できるはずです。

介護×日本文化、世界へ。

海外介護教育の現場において、一つのアイテムがゲームチェンジャーになることがあります。今回、私が注目しているのは綿菓子機です。

先日、日本に帰国し、認知症紙芝居養成講座を開催しました。この講座は、海外で実践している認知症紙芝居を英語で伝えるものです。

「紙芝居を使えば、日本人も世界に出て日本の介護を伝えられる」

そのメッセージを広めています。

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さて、講座の参加者から「昔は紙芝居屋さんと一緒に、綿あめ屋さんも来ていた」という話を聞き、ヒントを得ました。

日本の介護を世界に届けるには、日本の文化と共に伝えることが効果的です。認知症をただ説明するのではなく、紙芝居というメディアを使うことで、海外での関心が格段に高まりました。そして、紙芝居と駄菓子はセットです。

以前、認知症紙芝居のイベントで、フィリピン人の参加者に水あめとミルクせんべいを渡してみました。盛り上がりを期待していましたが、水あめづくりには苦戦する人が続出し、全然ウケませんでした。

しかも、ミルクせんべいは輸送中に粉々になりやすく、扱いに難があります。日本らしいお菓子を探していたところ、綿菓子が面白いと気づきました。

残念ながら、綿菓子そのものは日本発祥ではありませんが、日本の祭り文化と深く結びついており、原宿ではレインボー綿菓子が生まれるなど、独自の進化を遂げています。

カレーやラーメン、天ぷらも、もともとは海外から伝わった文化や料理を日本人が独自に発展させ、日本文化の一部として根付かせてきました。

そう考えると、「日本発祥かどうか」にこだわる必要はないと思うようになりました。

認知症紙芝居のイベントで綿菓子を提供すれば、場は間違いなく盛り上がるでしょう。

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フィリピンの介護施設にて

海外で介護教育を続けてきて気づいたことがあります。それは、エンターテインメントの要素を加えた方が、受講生は積極的に学ぶということです。

知識を伝えるだけでなく、楽しい体験を通して学ぶ。そこに日本文化をスパイスとして加えるのがポイントです。つまり、

「介護を日本文化に包んで海外に届ける」、です。

このコンセプトのもと、私はこれまで帰国のたびに、厳選したアイテムを持ち帰ってきました。紙芝居台、船盛、そして今回の帰国では第三弾として、綿あめ機を購入する予定です。

たとえば、高齢者施設のイベントでは、お年寄りが綿あめを作り、参加した子どもたちに手渡す場面も生まれるかもしれません。

そうすれば、認知症への学びを世代を超えて伝えることができるのではないかと考えています。

海外で何が受けるかは、やってみなければ分かりません。「介護を日本文化に包んで世界に届ける」という戦略のもと、これからも実験を続けていきます。