日本とイギリスの認知症ケア団体が、フィリピン人を仲介に繋がった
今回の帰国の目的は、きらめき認知症トレーナー協会(日本)とPurple Angel(イギリス)の調印式に参加することでした。



その後のイベントでは、講演の機会をいただきました。私がどのような経緯でフィリピンに行き、現地で認知症紙芝居を使って日本の介護を伝えているのか。その原点をお話しました。
講演の準備をしながら、自分の中で「介護と世界」が結びついたきっかけを改めて振り返りました。
20歳のイギリスで、目を丸くした
随分と昔のことで、記憶も薄れかけていました。しかし辿り着いたのは、20歳のときにイギリス旅行で訪れた高齢者グループホームでした。
当時、大学生だった私は特別養護老人ホームでアルバイトをしていました。「せっかくだからイギリスの介護施設も見学してみよう」という、ごく軽い気持ちでの訪問でした。
しかし、そこで受けた印象は今でも鮮明に覚えています。私が知っている高齢者施設とは、雰囲気がまるで違っていました。とても優雅だったのです。

今であれば、心身の状態や経済的な条件によって施設の形態はさまざまで、単純に優劣を比べられるものではないことは分かります。しかし当時の私にはそんな知識もなく、ただただ目を丸くするばかりでした。
そのとき、介護の広がりと深さを直感的に感じました。
「世界には様々な介護がある。面白い。」
あのイギリスでの原体験が、介護と世界を繋いでくれました。そこから、アメリカ、フィリピンへと続く私のキャリアが始まったのです。
人生最大のファインプレーは、「問い」を見つけたこと
世の中がどんどん便利になり豊かになるにつれ、問題を解決するよりも、「そもそも何が問題なのか」という問い自体を見つけることの方が大切になってきました。
私の人生最大のファインプレーは、20歳のときに「介護と世界はどう繋がるのか」という問いを見つけたことです。
それから25年以上が経った今も、その問いと向き合い続けています。情熱は一向に冷めません。むしろ、介護という仕事の性質上、人生の後半戦の方がいい味が出てくるのではないかとさえ思っています。
日本の介護の強みは、現場にいる「介護職人」だ
今回の調印式とイベントを通じて、多くの介護職人の方々とお会いしました。「介護×○○」という独自の取り組みをされている方も多く、大変勉強になりました。
日本の介護の強みは、道を究めようとする介護職人が、現場にいることだと思います。職人は、頭ではなく、こころで動きます。
日本の介護職人と、彼らが生み出した技を世界に伝えていくにはどうすればいいか。また新しい問いをいただきました。


世界も着実に高齢化しています。技を持った介護職の需要は、ますます高まっていくでしょう。日本は、介護の分野から世界に貢献できるはずです。