海外介護

日本の介護を世界の舞台へ

■3日間で介護イベントを5つ開催

日本から介護講師の方たちが来比しました。日々現場で取り組み、磨き、培ってきた技と想いを、フィリピンで披露する舞台を整えるのが私の役割です。

もちろん、私自身も演者として登壇しました。定番の認知症紙芝居に加え、寿司クッキング、そして新作の「栄養と食生活」を初披露しました。

日本の食生活と長寿の関連には、世界から多くの注目が集まっています

世界的にヒットした『IKIGAI(いきがい)』の本でも、日本人の長寿の秘訣として「Hara Hachi Bu(腹八分)」が紹介されていました。

これをヒントに、「基礎栄養学」と「腹八分」を組み合わせた、日本らしい「栄養と食生活」の新ネタを制作したのです。初披露にしては、まずまずの手応えが得られました。

これからはどんどん平場に出て、お笑い芸人のようにネタの精度を磨いていきます。

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■言葉を超えて伝わる、日本人介護講師の力

日本人介護講師のパフォーマンスは、さすがのクオリティでした。

言葉の壁は確かに存在します。しかし、それを補って余りあるのが、現場で積み上げてきた経験と技です。

語学の習得には時間がかかりますが、介護講師として現場経験を積み上げていくのも、同じか、それ以上の時間が必要です。

言葉に頼らない非言語のパフォーマンスであれば、彼らは即、海外で通用します。実際にその姿を見て、私はそう確信しました。

なぜなら、海外の観客が見ているのは、ステージ上のパフォーマンスだけではないからです。ステージを降りた後の立ち居振る舞い、日常の所作、礼儀正しさ、丁寧さ、謙虚さ、そして、プロとしての姿勢。

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それらが言葉ではなく、雰囲気としてにじみ出る品格こそが、介護職における本当のプロフェッショナリズムなのだと感じます。

■日本の介護を、世界の舞台へ

私は、日本人介護職が海外に出て、日々現場で積み上げてきた経験や技を世界に伝えていく姿を、もっと、もっと、見てみたいと思っています。

日本国内だけに留めておくのは、あまりにも惜しい。世界に向けて、介護職としてのプロの姿勢を見せてほしいのです。

そしてそれは、私たち日本人介護職自身にとっても大きな意味があります。海外に出て初めて、日本の介護の素晴らしさや、自らの価値に気づくことも少なくないからです。

■介護のグローバルチェーン

望む望まざるにかかわらず、日本の介護が国内だけで完結する時代は終わりました。

これからますます外国人労働者は増えていきます。日本はすでに、介護のグローバルチェーンの一部なのです。

であるならば、世界に向けて日本の介護を積極的に発信し、日本で介護を学びたい世界のケアワーカーに届けていくことで、結果として優秀な外国人ケアワーカーを惹きつけることができるのではないでしょうか。

それができる価値を、私たちはすでに持っているのです。

介護を通して、日本と世界をつなげることに、改めて大きなやりがいを感じた3日間でした。

フィリピンに限らず、世界の舞台をプロデュースできるよう、私自身も引き続き現場に出て、技とプロの姿勢を磨いていきます。

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注文を間違えるレストラン

認知症のある人が接客を担い、注文を間違えることを前提に運営されるレストラン型プロジェクト、「注文を間違えるレストラン」が、フィリピンで開催されます。

このプロジェクトは日本発祥です。

「間違うこと」を否定せず、そのまま受け入れるという発想は、認知症への理解と寛容さを社会に問いかける、日本ならではの取り組みだと思います。

■海を越えた日本の認知症ケア

昨年、私は認知症紙芝居のイベントで介護施設を訪れました。するとその施設では、入居者さんがウエイター役となり、私たち訪問客をもてなすという取り組みが行われました。

施設のフィリピン人オーナーが「注文を間違えるレストラン」のことを知り、その考え方を参考に、試験的に施設内で実践したのです。

メニューはサンドイッチ、スープ、ジュースなど限られたものでしたが、入居者さんたちはメモを片手に、真剣な表情で注文を取りに来てくれました。

何を注文しても、最終的には同じものが運ばれてくるのですが、それでも入居者さんたちは生き生きと動いていました。

注文を運んでいる途中でお腹が空いたのか、そのまま食べてしまうおばあちゃんもいて、施設は自然と笑いに包まれていました。

その光景を見たとき、私は心を打たれました。

私の知らないところで、日本の認知症ケアの考え方が、すでに海を越えて海外に浸透していたからです。驚きと同時に、誇らしさも感じました。やはり、日本の介護はすごい、と。

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■認知症紙芝居とのコラボ企画

その後、施設のオーナーから声をかけられました。

オーナーはレストランも経営しており、今度はレストランに入居者さんを連れてきて、「注文を間違えるレストラン」を開催するというのです。

そして、そのイベントで認知症紙芝居を披露してほしい、という依頼を受けました。私はすぐに「ぜひやりましょう」と答えました。

「注文を間違えるレストラン」と「認知症紙芝居」は、非常に相性が良いからです。

どちらも日本発祥のアイデアであり、認知症について知識のない一般のお客さんに対して、認知症紙芝居は分かりやすく背景や気持ちを伝えることができます。

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その理解を踏まえたうえで、認知症のある人の接客を体験する。知識が体験へと変わり、理解がより深まる。

このコラボレーションの成功イメージは、すぐに思い描くことができました。

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■IKIGAI(生きがい)

ここ数年、海外では「Ikigai(生きがい)」という言葉が注目を集めています。

成果や効率を重視する生き方への疲れ、心の充足や人生の意味を求める流れが、背景にあるようです。

「高齢者介護」と「生きがい」は、その延長線上でつながっています。もはや、衣食住を提供すればそれで十分、という時代ではなくなったからです。

人生の最終ステージをどう生きるのか。

その視点を持って介護をするのと、そうでないのとでは、大きな差が生まれます。日本は、数十年という時間をかけて、介護の中に「生きがい」という視点を育ててきました。

一方、海外ではテクノロジーの進化と長寿化の進展によって、その視点をより速いスピードで取り入れようとしています。冒頭の「注文を間違えるレストラン」の実践は、その象徴的な事例だと言えるでしょう。

■介護とIKIGAI

「介護とIKIGAI」の接続点が意味することは、ただサービスを受けるだけの「お客さん」であり続けるのではなく、

役割を持ち、いつまでも社会と関わり続ける「在り方」を提案することにこそ、未来の介護の価値があるのではないでしょうか。

介護とIKIGAI。

この二つが重なるところに、海外から求められている日本の介護のヒントがあるように感じています。

この仮説をもとに、まずはフィリピンで「注文を間違えるレストラン」を実践します。

介護施設で同窓会が開かれる国

■家族介護の国での静かな変化

最近、介護施設開設の話をよく耳にするようになりました。もともとフィリピンは家族介護が主流で、「高齢者施設は不要」という意見が一般的でした。しかし、コロナ以降、その潮流が少しずつ変わってきているように感じます。

実際、フィリピン政府が過剰供給に陥っているコンドミニアムを、リタイアメントホームに転用する可能性を検討しているというニュースも出ています。不動産の文脈と、高齢化・リタイアメントの文脈が、ここにきてつながり始めている印象です。

■出稼ぎのその先にある「老後」という現実

マーケットの一翼を担うのは、海外に出稼ぎに出たフィリピン人労働者たちです。多くの人が、将来的にフィリピンでの引退生活を検討していると言われています。

おそらくコスト面でのメリットは大きいでしょう。しかしそれだけでなく、温暖な気候、そして若い人口が増え続けているこの国での引退生活は、フィリピン人でなくても十分に魅力的です。

目立った産業が多くないこの国にとって、今後リタイアメントビジネスに力を入れていくという選択肢は、十分に現実的だと感じています。

■介護施設で開かれる同窓会

そんな中、来週、とある介護施設で同窓会が開催されます。大学時代の同窓生が集まり、50周年記念のお祝いをするとのこと。中には、海外から帰国して参加する同窓生もいるようです。

その同窓会で、認知症予防のレクチャーをしてほしいという依頼を受けました。

きっかけは、以前私の「認知症紙芝居」を聞いてくださったご夫婦でした。「これを同窓生にも聞かせてあげたいと思って」と声を掛けてくださいました。

「私たちも、もう認知症について知らなければいけない年ごろなので」

その一言が、とても印象に残っています。開催場所が介護施設というのも、老後の選択肢としてのリサーチを兼ねているのかもしれません。

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とはいえ、介護施設での同窓会となると、できる催し物も限られます。かしこまった講義ではなく、エンタメ要素も加わった認知症紙芝居がちょうどよかったのでしょう。

「学び」と「楽しさ」が同時にある。それが、今回私が呼ばれた理由なのだと思います。

■閉じた施設から、開かれた施設へ

ここからは、私自身の予想です。

今後、リタイアメント施設が増えてきたとき、生き残りのポイントになるのは、

「いかに地域に開かれた施設運営ができるか」

だと思います。

利用者の立場で考えたとき、中身がよく分からない施設に、いきなり入居するのは不安です。日本のように行政が強く関与する仕組みがまだ整っていない分、フィリピンでは良くも悪くも、運営者の裁量でサービスが提供されます。

では、人は何を基準に施設を選ぶのでしょうか。

SNSの評判も参考にはなりますが、やはり最後に決め手になるのは自分の目で見た一次情報です。

ただの施設見学では、得られる情報にも限界があります。しかし、地域に開かれ、普段から自由に行き来できる施設であれば、自然と内情も見えてきますし、安心感も生まれます。

■ケアだけでは、地域は動かない

とはいえ、「地域に開かれた施設」と言っても、何もやることがなければ人は集まりません。そこで必要になってくるのが、施設でのイベントやアクティビティではないでしょうか。

しかも、

  • 高齢者施設と親和性があり

  • 地域の人も参加できる

そんな企画がもとめられるでしょう。ただ、これを施設の中だけで企画・運営するのは、現実的にはかなり大変です。

介護職は日々のケアで手一杯ですし、中途半端な内容では、地域の人も集まりません。だからこそ、外部のイベントプロデュースに需要が生まれてくるのではないかと感じています。

■学びとエンタメの実験

私が海外介護教育のために作ってきたコンテンツは、そのまま介護施設のアクティビティとしても転用できます。

もともと、「学び」と「エンタメ」の両方を意識してデザインしてきました。それが今、介護施設の中でのイベントや地域向けの活動としても、自然にハマってきています。

来週は、日本から介護の専門職がツアーで来比します。彼らと一緒に、複数の施設で、学びとエンタメを届けていく予定です。

フィリピンにおけるリタイアメント施設の未来は、まだ誰も正解を持っていません。だからこそ、現場に出て、現場で実験していきます。

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世界の認知症メモリーウォーク

Purple Angelの認知症啓もうウォークに参加しました。

Purple Angelはイギリス発祥の認知症啓発団体で、創設者のノーマン・マクナマラ氏が自身の若年性アルツハイマー病の経験から立ち上げたものです。この団体は、認知症患者とその家族の生活向上を目指し、公共の場や企業で認知症に対する理解を促進しています。

さて、65歳以上の高齢化率が5~6%とまだ若いフィリピンで、認知症の啓発活動に関心を持つ人はどれほどいるでしょうか。

高齢化率が29%の日本では、認知症は多くの人にとって身近な問題ですが、フィリピンではまだそれほど関心が高くないのが現状でしょう。

それでも、このイベントのスポンサーであるエーザイは、5年10年後の未来を見据えて、積極的にフィリピンで認知症に関わるエコシステムの構築を進めています。

フィリピンはまだ若い国ですが、高齢者の数は急速に増加しており、2050年には高齢者が総人口の約16.5%を占めると予測されています。今のうちに認知症の啓発活動を広げておけば、将来、大きなリターンがあるかもしれません。

さらに、フィリピンはヘルスケアワーカーを多く輩出している国としても知られています。

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フィリピンの介護クラス

フィリピン人のヘルスケアワーカーに認知症ケアのスキルを持たせて世界に送り出すことで、世界の認知症啓発活動に貢献できる可能性があります。

私が目指す未来は、日本の優れた認知症ケアをフィリピン人ケアワーカーと共に、世界へ広げていくことです。

話を認知症啓発ウォークに戻します。

Purple Angelのカラーである紫色のTシャツを着て、参加者全員で写真撮影をしました。フィリピンの人々は本当に写真が大好きなので、それだけでもかなり盛り上がりました。

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まごのてグループも協賛企業です

その後、ダンスインストラクターによるズンバダンスで準備運動をしました。高齢者向けの優しいズンバを期待していましたが、かなり激しい動きで、案の定、高齢者はついていけていませんでした。

それでも、高齢者向けに動きを優しくすると若い参加者には物足りなくなるし、激しい方が勢いがあって良いですね。

日本だと高齢者に配慮しがちですが、フィリピンの若いエネルギーをそのまま発散することにも価値があり、そのおかげで私も若返った気になります。

みんなで歩くだけのイベントでしたが、とても楽しい時間を過ごせました。

5年、10年後にこの認知症啓発ウォークがどのように発展しているのか。そして、自分が世界の認知症ケアに、どのようなインパクトを残せているのかを想像する良い機会にもなりました。

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介護を使って外貨を稼ぐための第一歩

日本の介護を英語で教えていて、違和感のある単語が2つあります。「介護福祉士」「自立支援」です。

「自立支援」に関して言えば、ジリツの意味に「自立」と「自律」が含まれているため、自立を英訳した「Independence」だけだと、「自律」の意味が抜け落ちてしまいます。「Autonomy (自律)」の説明が必要です。
 
例えば、自立支援の文脈で、自己選択や自己決定を語るのであれば、「自立支援」の英訳は、「Self-independence support」ではなく、「Support for autonomy」の方が、すっきりと伝わります。
 
もし世界に向けて日本の介護をアピールするのであれば、「自立支援」のジリツは、英訳せず「JIRITSU」とローマ字表記の方が良いと思います。
 
Anime(アニメ)やKaizen(改善)のように、日本が誇る「自立支援」を、「JIRITSU SHIEN」として、グローバルでも通用するように、日本の介護を世界にプロデュースするんだ!という気概が、今後はますます重要になってくると思います。
 
そしてもう一つが「介護福祉士」です。「Certified Care Worker」として英訳されていますが、正直に申し上げて、この英訳で、世界中から優秀な介護留学生を集めようとしていること自体に、無理があります。
 
日本人であれば、国家資格を取得した「介護福祉士」と、初任者研修を終えた「初任者研修修了者」の違いは理解できるかもしれません。しかし、共に英訳すると、
 
 
「介護福祉士」→ 「Certified Care Worker」
「初任者研修修了者」→「Certified Initial Care Worker」
 
 
 
となり、大した違いが感じられません。
ちなみに、介護の入門資格である「初任者研修」は、130時間のコースを受講すればだれでも取得できます。
 
一方で、介護の最上位資格である「介護福祉士」は、450時間の実務者研修を受講し、さらに3年の実務経験(540日以上の現場経験)があって初めて受験資格が得られます。そして、国家資格に合格してはじめて、「介護福祉士」と名乗れるのです。
 
この違い、この重みが、「Certified Care Worker」からは全く感じられません。残念です。
 
「介護福祉士」といっても、ただの名称独占であり、無資格者でも介護ができるのだから、介護福祉士の英訳なんてどうでもいいじゃないかと思われるかもしれません。確かに、日本国内に留まっている限りではそうでしょう。
 
しかし、日本政府の戦略として、世界中から優秀な介護留学生を集めていくのであれば、介護福祉士の英訳にこだわらなくてはなりません。さらには、介護福祉士という資格を、世界で通用するブランドに育ていくべきです。今の時流を考えれば、それだけの価値がある資格です。
 
何度も申し上げているように、グローバルの視点で見れば、介護は医療のヒエラルキーの中で、最下層に位置します。したがって、Care Workerという名称だけでは、その価値が正しく伝わりません。
 
 
民間資格だろうが、国家資格だろうが、Care WorkerはCare Workerです。医師や看護師の指示のもと、患者さんや利用者さんの身の回りのお世話をするだけの仕事です。
 
しかし、日本の「介護福祉士」は、生活の専門職です。患者さんや利用者さんを取り巻く社会との関りについても専門性を発揮します。だから介護「福祉」士なのです。
 
 
さて、私が提案する「介護福祉士」のあるべき英訳は、「Registered Social Care Worker」です。
 
 
 
世界が日本の介護に一目を置いているのだから、正しくプロデュースして、介護を使って外貨を稼ぐべきです。そうすれば、必然的に優秀な介護留学生が日本に集まるでしょう。日本で稼ぐのではなく、日本の介護を使って、世界で稼ぐ道筋を見せるのです。そのための第一歩が、「介護福祉士」の英訳を、戦略的に考えることだと思います。