海外介護

介護施設で同窓会が開かれる国

■家族介護の国での静かな変化

最近、介護施設開設の話をよく耳にするようになりました。もともとフィリピンは家族介護が主流で、「高齢者施設は不要」という意見が一般的でした。しかし、コロナ以降、その潮流が少しずつ変わってきているように感じます。

実際、フィリピン政府が過剰供給に陥っているコンドミニアムを、リタイアメントホームに転用する可能性を検討しているというニュースも出ています。不動産の文脈と、高齢化・リタイアメントの文脈が、ここにきてつながり始めている印象です。

■出稼ぎのその先にある「老後」という現実

マーケットの一翼を担うのは、海外に出稼ぎに出たフィリピン人労働者たちです。多くの人が、将来的にフィリピンでの引退生活を検討していると言われています。

おそらくコスト面でのメリットは大きいでしょう。しかしそれだけでなく、温暖な気候、そして若い人口が増え続けているこの国での引退生活は、フィリピン人でなくても十分に魅力的です。

目立った産業が多くないこの国にとって、今後リタイアメントビジネスに力を入れていくという選択肢は、十分に現実的だと感じています。

■介護施設で開かれる同窓会

そんな中、来週、とある介護施設で同窓会が開催されます。大学時代の同窓生が集まり、50周年記念のお祝いをするとのこと。中には、海外から帰国して参加する同窓生もいるようです。

その同窓会で、認知症予防のレクチャーをしてほしいという依頼を受けました。

きっかけは、以前私の「認知症紙芝居」を聞いてくださったご夫婦でした。「これを同窓生にも聞かせてあげたいと思って」と声を掛けてくださいました。

「私たちも、もう認知症について知らなければいけない年ごろなので」

その一言が、とても印象に残っています。開催場所が介護施設というのも、老後の選択肢としてのリサーチを兼ねているのかもしれません。

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とはいえ、介護施設での同窓会となると、できる催し物も限られます。かしこまった講義ではなく、エンタメ要素も加わった認知症紙芝居がちょうどよかったのでしょう。

「学び」と「楽しさ」が同時にある。それが、今回私が呼ばれた理由なのだと思います。

■閉じた施設から、開かれた施設へ

ここからは、私自身の予想です。

今後、リタイアメント施設が増えてきたとき、生き残りのポイントになるのは、

「いかに地域に開かれた施設運営ができるか」

だと思います。

利用者の立場で考えたとき、中身がよく分からない施設に、いきなり入居するのは不安です。日本のように行政が強く関与する仕組みがまだ整っていない分、フィリピンでは良くも悪くも、運営者の裁量でサービスが提供されます。

では、人は何を基準に施設を選ぶのでしょうか。

SNSの評判も参考にはなりますが、やはり最後に決め手になるのは自分の目で見た一次情報です。

ただの施設見学では、得られる情報にも限界があります。しかし、地域に開かれ、普段から自由に行き来できる施設であれば、自然と内情も見えてきますし、安心感も生まれます。

■ケアだけでは、地域は動かない

とはいえ、「地域に開かれた施設」と言っても、何もやることがなければ人は集まりません。そこで必要になってくるのが、施設でのイベントやアクティビティではないでしょうか。

しかも、

  • 高齢者施設と親和性があり

  • 地域の人も参加できる

そんな企画がもとめられるでしょう。ただ、これを施設の中だけで企画・運営するのは、現実的にはかなり大変です。

介護職は日々のケアで手一杯ですし、中途半端な内容では、地域の人も集まりません。だからこそ、外部のイベントプロデュースに需要が生まれてくるのではないかと感じています。

■学びとエンタメの実験

私が海外介護教育のために作ってきたコンテンツは、そのまま介護施設のアクティビティとしても転用できます。

もともと、「学び」と「エンタメ」の両方を意識してデザインしてきました。それが今、介護施設の中でのイベントや地域向けの活動としても、自然にハマってきています。

来週は、日本から介護の専門職がツアーで来比します。彼らと一緒に、複数の施設で、学びとエンタメを届けていく予定です。

フィリピンにおけるリタイアメント施設の未来は、まだ誰も正解を持っていません。だからこそ、現場に出て、現場で実験していきます。

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世界の認知症メモリーウォーク

Purple Angelの認知症啓もうウォークに参加しました。

Purple Angelはイギリス発祥の認知症啓発団体で、創設者のノーマン・マクナマラ氏が自身の若年性アルツハイマー病の経験から立ち上げたものです。この団体は、認知症患者とその家族の生活向上を目指し、公共の場や企業で認知症に対する理解を促進しています。

さて、65歳以上の高齢化率が5~6%とまだ若いフィリピンで、認知症の啓発活動に関心を持つ人はどれほどいるでしょうか。

高齢化率が29%の日本では、認知症は多くの人にとって身近な問題ですが、フィリピンではまだそれほど関心が高くないのが現状でしょう。

それでも、このイベントのスポンサーであるエーザイは、5年10年後の未来を見据えて、積極的にフィリピンで認知症に関わるエコシステムの構築を進めています。

フィリピンはまだ若い国ですが、高齢者の数は急速に増加しており、2050年には高齢者が総人口の約16.5%を占めると予測されています。今のうちに認知症の啓発活動を広げておけば、将来、大きなリターンがあるかもしれません。

さらに、フィリピンはヘルスケアワーカーを多く輩出している国としても知られています。

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フィリピンの介護クラス

フィリピン人のヘルスケアワーカーに認知症ケアのスキルを持たせて世界に送り出すことで、世界の認知症啓発活動に貢献できる可能性があります。

私が目指す未来は、日本の優れた認知症ケアをフィリピン人ケアワーカーと共に、世界へ広げていくことです。

話を認知症啓発ウォークに戻します。

Purple Angelのカラーである紫色のTシャツを着て、参加者全員で写真撮影をしました。フィリピンの人々は本当に写真が大好きなので、それだけでもかなり盛り上がりました。

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まごのてグループも協賛企業です

その後、ダンスインストラクターによるズンバダンスで準備運動をしました。高齢者向けの優しいズンバを期待していましたが、かなり激しい動きで、案の定、高齢者はついていけていませんでした。

それでも、高齢者向けに動きを優しくすると若い参加者には物足りなくなるし、激しい方が勢いがあって良いですね。

日本だと高齢者に配慮しがちですが、フィリピンの若いエネルギーをそのまま発散することにも価値があり、そのおかげで私も若返った気になります。

みんなで歩くだけのイベントでしたが、とても楽しい時間を過ごせました。

5年、10年後にこの認知症啓発ウォークがどのように発展しているのか。そして、自分が世界の認知症ケアに、どのようなインパクトを残せているのかを想像する良い機会にもなりました。

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介護を使って外貨を稼ぐための第一歩

日本の介護を英語で教えていて、違和感のある単語が2つあります。「介護福祉士」「自立支援」です。

「自立支援」に関して言えば、ジリツの意味に「自立」と「自律」が含まれているため、自立を英訳した「Independence」だけだと、「自律」の意味が抜け落ちてしまいます。「Autonomy (自律)」の説明が必要です。
 
例えば、自立支援の文脈で、自己選択や自己決定を語るのであれば、「自立支援」の英訳は、「Self-independence support」ではなく、「Support for autonomy」の方が、すっきりと伝わります。
 
もし世界に向けて日本の介護をアピールするのであれば、「自立支援」のジリツは、英訳せず「JIRITSU」とローマ字表記の方が良いと思います。
 
Anime(アニメ)やKaizen(改善)のように、日本が誇る「自立支援」を、「JIRITSU SHIEN」として、グローバルでも通用するように、日本の介護を世界にプロデュースするんだ!という気概が、今後はますます重要になってくると思います。
 
そしてもう一つが「介護福祉士」です。「Certified Care Worker」として英訳されていますが、正直に申し上げて、この英訳で、世界中から優秀な介護留学生を集めようとしていること自体に、無理があります。
 
日本人であれば、国家資格を取得した「介護福祉士」と、初任者研修を終えた「初任者研修修了者」の違いは理解できるかもしれません。しかし、共に英訳すると、
 
 
「介護福祉士」→ 「Certified Care Worker」
「初任者研修修了者」→「Certified Initial Care Worker」
 
 
 
となり、大した違いが感じられません。
ちなみに、介護の入門資格である「初任者研修」は、130時間のコースを受講すればだれでも取得できます。
 
一方で、介護の最上位資格である「介護福祉士」は、450時間の実務者研修を受講し、さらに3年の実務経験(540日以上の現場経験)があって初めて受験資格が得られます。そして、国家資格に合格してはじめて、「介護福祉士」と名乗れるのです。
 
この違い、この重みが、「Certified Care Worker」からは全く感じられません。残念です。
 
「介護福祉士」といっても、ただの名称独占であり、無資格者でも介護ができるのだから、介護福祉士の英訳なんてどうでもいいじゃないかと思われるかもしれません。確かに、日本国内に留まっている限りではそうでしょう。
 
しかし、日本政府の戦略として、世界中から優秀な介護留学生を集めていくのであれば、介護福祉士の英訳にこだわらなくてはなりません。さらには、介護福祉士という資格を、世界で通用するブランドに育ていくべきです。今の時流を考えれば、それだけの価値がある資格です。
 
何度も申し上げているように、グローバルの視点で見れば、介護は医療のヒエラルキーの中で、最下層に位置します。したがって、Care Workerという名称だけでは、その価値が正しく伝わりません。
 
 
民間資格だろうが、国家資格だろうが、Care WorkerはCare Workerです。医師や看護師の指示のもと、患者さんや利用者さんの身の回りのお世話をするだけの仕事です。
 
しかし、日本の「介護福祉士」は、生活の専門職です。患者さんや利用者さんを取り巻く社会との関りについても専門性を発揮します。だから介護「福祉」士なのです。
 
 
さて、私が提案する「介護福祉士」のあるべき英訳は、「Registered Social Care Worker」です。
 
 
 
世界が日本の介護に一目を置いているのだから、正しくプロデュースして、介護を使って外貨を稼ぐべきです。そうすれば、必然的に優秀な介護留学生が日本に集まるでしょう。日本で稼ぐのではなく、日本の介護を使って、世界で稼ぐ道筋を見せるのです。そのための第一歩が、「介護福祉士」の英訳を、戦略的に考えることだと思います。

日本の認知症ケアがフィリピンの国家資格に加わる?

フィリピンから、介護の世界に新しい波が来ています。
 
出稼ぎで知られるこの国には、「NC2 Caregiving」という介護の国家資格が存在します。
これは、技術教育開発庁(TESDA)が提供するプログラムの一つで、海外で働くフィリピン人ケアワーカーのスキルと知識を国が保証するために設けられました。この点から見ても、ケアワーカーを海外に推し進めるのは、フィリピンの国家戦略の一環と言えるでしょう。
 
 
(フィリピン人ケアワーカーの教育風景)
 
さて、国家戦略として、フィリピン人ケアワーカーを海外市場に売り込むわけですが、民間資格だけでは信頼性が問われがちです。しかし、「NC2 Caregiving」は、フィリピン政府が背後にあるのですから、その資格の価値が格段に上がります。このように、国の後押しもあって、フィリピン人ケアワーカーは世界各地の介護・医療現場で活躍しています。
 
(フィリピン介護国家資格のカリキュラム内容)
 
ところで、TESDAが今、新たな動きを見せています。それは「NC2 Dementia Care(認知症ケアの国家資格)」の導入です。認知症ケアは、日本だけでなく世界的な課題になっています。TESDAはこの新しい資格を通じて、認知症ケアに特化した人材を育成し、世界に送り出そうとしているのです。
 
そんな中、予期せぬニュースが入ってきました。昨年から取り組んでいた「きらめき介護塾」の認知症紙芝居を、グローバルバージョンにリモデルした「Dementia Care Digital Kamishibai(認知症ケア デジタル紙芝居)」が、この新しい資格のカリキュラムに含まれるかもしれないというのです。
(認知症ケアデジタル紙芝居を使ったプレゼン@国際認知症ケア学会)
 
この話が進んでいたのは、私のフィリピン人パートナーが、認知症ケアアジアと共に、水面下でTESDAと交渉していたからです。TESDAも、日本の進んだ認知症ケアを取り入れることで、他国に対してもアピールできるし、日本の介護市場へのフィリピン人ケアワーカーの送り出しにも役立つと考えたのでしょう。
 
繰り返しになりますが、技術教育開発庁(TESDA)によって提供される資格認定プログラムは、海外にフィリピン人ワーカーを売り込むための品質保証です。したがって、資格と海外雇用がリンクしていなければ、TESDAが動き出すことはない、というのが私の見解です。
 
外国人ケアワーカーの受け入れを加速している日本の現状を鑑みても、Dementia Care Digital Kamishibai (認知症ケア デジタル紙芝居)がフィリピンの認知症ケアの国家資格のカリキュラムに加わることは十分にあり得ると思います。
 
彼らの話によると、2018年からこのプロジェクトは動いているようです。TESDAとの協議も、十分に重ねていることが分かりました。
 
もし、この話が実現すれば、フィリピン人ケアワーカーの背中に乗って、世界中に日本の認知症ケアを広げることができるかもしれません。まさに、たなぼた的な発想です。
 
こんな行き当たりばったりの展開ですが、0→1で何かを生み出す時というのは、たいていぐちゃぐちゃのカオスの中から、偶然と偶然がいくつか重なり合って、気がついたらカタチになっていたと気づくものです。なので、スマートではなくてもいいから、諦めずに前に推し進めることが大切だと思います。重要なのは、パッション(情熱)です。
 
現時点で、私が出る幕はほとんどないので静観しながらも、実現できるようにと天に祈っています。たなぼただろうが、他力本願だろうが、なんでもいいです。手段は問わず、日本の介護を世界に届けていきます。
 
(アジアの医療従事者向けに日本の認知症ケアをオンラインで指導)
福井のfacebook 福井淳一@海を渡った介護士 note

日本とフィリピンの元気の源の違い、ある貴婦人からの教え

断食道場で過ごした日々がフラッシュバックしました。

20代の時のことです。介護施設のお年寄りが入院すると、大体弱って施設に戻ってくるのを目の当たりにして、西洋医学に疑問を持つようになりました。そこから自分なりに東洋医学を勉強して、断食道場に行きつきました。

大分県にある断食道場
大分県にある断食道場

今でこそ、西洋医学も東洋医学も、どちらも大切だというのは理解しています。しかし、あの時は盲目的に東洋医学に突っ走っていましたね。そして、気が付いたら9日間の断食道場のプログラムに参加していました。29歳冬の出来事です。

断食道場での生活は割愛しますが、間違いなくヘルスリテラシー(自分の健康に責任を持ち、健康的な生活を送るために必要な能力)が向上したのは確かです。

さて、待ちに待った断食道場最終日のこと。道場特製のおじやが出されました。

最終日のメニュー、特製おじや
最終日のメニュー、特製おじや

さして太っていない私が、9日間の滞在で6-7キロ減量しています。意識は研ぎ澄まされているものの、身体は半病人状態です。胃の中はもちろん空っぽ。そんな状態で、おじやを一口、口に含み飲み込みました。その数秒後に、全身から力が湧いてきたのを今でも鮮明に覚えています。

嗚呼、人間は、食べたもので生かされているのだと、心の底から実感しました。

あれから15年経った先日のこと。3年ぶりにマニラにあるなじみの高齢者施設を訪問しました。フィリピン人ケアワーカーの面接のために来比された、施設長らご一行様と一緒です。

House of Somang マニラにある高齢者施設
House of Somang マニラにある高齢者施設

フィリピン人特有の明るさは、お年を召されていても健在です。その陽気な雰囲気に触発されたのか、日本からいらっしゃった施設長が、「みなさんはとても元気ですね、元気の秘訣は何ですか?」と質問されました。

私は、「いつも笑顔でいることです」とか、「些細なことでくよくよ悩まないことです」などの、回答を想像していました。すると、開口一番発せられた言葉は、

「エンシュア!!」

でした。医療・介護従事者であれば誰でも知っている、このエンシュア。食事をすることができない時に、栄養をバランスよく体内に補給する栄養剤のことです。

医療&介護従事者ならだれでも知っている、エンシュア
医療&介護従事者ならだれでも知っている、エンシュア

おそらくですが、この高齢者施設は、寄付金で成り立っているNGO法人であるため、経営が安定せず財政的に厳しいのでしょう。入居者は全て、家族から見捨てられたご老人たちです。

もちろん、入居者から入居費用はもらえません。国からのサポートもありません。パンデミック経て、財政的な厳しさは、さらに増しているのだと想像できます。

衣食住が当たり前の日本であれば、元気の源は、精神的な要素に帰結するのでしょうが、その前提がないフィリピンのNGOで成り立つこちらの高齢者施設では、元気の源は、栄養剤なのです。

「エンシュア」と大声で回答してくれたご婦人に、悲壮感は全くありません。さも当然であるかのように、笑顔で「エンシュア」と答えてくれました。

私は断食道場を経て、食べ物によって自らが生かされ、食べ物がエネルギーの源になっていることを十分に理解しているはずでした。にもかかわらず、そのことをすっかり忘れていたことに気づかされました。

「エンシュア」と答えてくれたご婦人に、無意識のうちに握手を求めていました。ついでに写真も一緒に撮りました。一時間程度の訪問でしたが、本当に大きな学びが得られました。

エンシュアと笑顔で答えてくれた〝貴婦人〟と一緒に
エンシュアと笑顔で答えてくれた〝貴婦人〟と一緒に
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