日本就労を目指す候補者たちに、自己紹介の指導をしました。
事前に1分間の自己紹介を準備してもらいます。日本語で30秒、英語で30秒、合計1分間です。
彼女たちは家事代行の候補者です。介護や飲食業などの特定技能制度と違い、就労の条件として日本語能力は問われません。そのため、日本語力ゼロの状態で、自己紹介の日本語を丸暗記して面接に臨みます。
私は、彼女たちの自己紹介を聞いて、感想やアドバイスを伝えます。300人ほどの候補者が集まるため、ひとりひとりに時間はかけられませんが、数%でも合格の可能性を上げられるようにと心がけています。
「わたしはみぼうにん」
ある候補者が言いました。日本語の意味が分からず英語で尋ねると、「I am widowed.」という答えが返ってきました。ああ、「未亡人(みぼうにん)」のことですね。
日本語として間違いではないものの、自己紹介の場面では聞きなれない言葉です。自分なりに日本語を調べて暗記してきたのでしょう。その努力を称賛しつつ、より適切な言葉を伝えました。

◆バングラデシュで、私が英語に逃げた話
以前は、日本語の発音や表現について、細かいところまでツッコミを入れていました。しかし、ある出来事をきっかけに、私は自分の考えを改めました。
介護講師としてバングラデシュに行った時のことです。
舞台上で自己紹介をしなければならない場面がありました。当然、母国語であるベンガル語を使えば聴衆に喜んでもらえます。

そこで簡単な自己紹介のベンガル語を覚えようと思いましたが、すぐに断念しました。
緊張して暗記したことを忘れたらどうしよう、発音が悪くて伝わらなかったらどうしよう。そう考えると、安全策で英語を使った方が良いと思い直したのです。
そんな体験をしたからこそ、日本語を暗記して自己紹介に臨む彼女たちの姿が、私にはとても立派に思えるようになりました。
以来、日本語の細かいミスを訂正するよりも、「1分間をどう使って自分を表現するか」という全体を見て、感じたことを伝えるように指導方法を変えました。
◆面接で打ち切られる、あの絶望感
たまに、オンライン面接の場面で、日本人面接官の言っていることが理解できず、候補者が「あ、あ、……」とフリーズしてしまう場面に出くわします。
このとき、面接官が「もういいです。ありがとうございます。」と話を打ち切ることがあります。面接官も悪気があってのことではなく、日本語が伝わらないから話を切り上げたのでしょう。
しかし、会話を振られて考えている間に打ち切られる時の絶望感や虚無感は、自分が体験してみないとなかなか想像できないものだと思います。
案の定、話を打ち切られた候補者は、オンライン面接が終わったあと、虚ろな表情をしています。傍から見ていても気の毒になりました。
もし面接官に、言葉が通じずに困った経験があれば、対応の仕方も変わっていたのではないでしょうか。
◆困った体験が、認知症の人の気持ちにつながる
介護職にとって、相手の立場に立って物事を考える視点は大切です。私は、日本語がよく分からずに苦労している介護候補者には、こう伝えるようにしています。
「自分の想いが伝わらず困っている、認知症の人の気持ちが理解できるようになったね」
自分が困った体験、苦労した体験を積んだことで得られる大切な視点があると思います。新しい世界にチャレンジする彼女たちには、その機会があります。
今は大変でも、介護職として成長する糧にしてほしいと願っています。